自然木に癒されて

奈良県吉野の山中から自然木を通して『うるおい』を提供する徳田銘木のブログ。

2011年03月

施工中です

4fb94468.jpg埼玉県の佐藤さんからメールをいただきました
曲がった木材(本来、自然の木は、多少曲がっているのですが)を
階段の手すり(?)に使っていただきました
施工が、大変だったと思います
吉野で育った木材が埼玉で生まれ変わりました
「本当に嬉しい」
佐藤さん、有難うございました。

『天職』

20歳の甥っこが看護師の国家試験に合格した
凄い、素晴らしい、本当によく頑張った

彼は、普段から、おじいちゃん・おばあちゃんにも、心から優しい
時間があれば、彼の車でお寺詣りに連れて行ってあげたり、
父方の実家のお墓に、ひとりでもお参りしてくれる
なかなか、出来ないことです
もしかして、僕より多くお墓参りしてくれてるかもしれない
本当にみんなに優しい男の子なんです。

彼は、これから看護の道に進んで行く
まさに『天職』
彼に、お世話になる人達は、
間違いなく、幸せになれるはずです
勉強は大切ですが
彼は、もっと大切なものを持っているのです

友人からの手紙

友人からお手紙をいただきました
彼に了承をえて、掲載しました

「蒔いた種は生える」

和歌山県の雑賀正晃さんがお書きになった 「光を生きる」というご本のなかのお話を紹介します。

雑賀さんのところへ一人の奥さんが訪ねてみえた。お聞きすると、この奥さんは結婚されて二年目にお爺さんが中風で倒れてしまい、全身不随になってしまわれた。それから二年経たないうちに、今度はお婆ちゃんが中風で倒れて体の自由がきかなくなってしまった。それから、また二年経たないうちに、屋根葺屋(やねふきや)さんであったご主人が、よその家の二階の屋根を葺いているときに、足をすべらせて転落し下半身不随になってしまった。

つまり結婚して五年経たないうちに、全身不随二人、下半身不随一人をかかえて、一人で田畑を耕しながら一所懸命にその三人の世話をなさってこられたのです。村の人が可愛想に思って、

「幸い子どもさんもないことだし、いままで一所懸命に三人の方のお世話をしてきたことを村の者はみな感心しているのです。誰も悪く言う者はありません。里へ帰りなさい。ご主人の姉妹が近くに嫁いでいらっしゃるではありませんか。あなたが一所懸命お世話をしているから知らん顔をしているのです。後はどうにかなるから、お帰んなさい」と、勧めてくださるので、そうしたい気持ちと、この憐れな家族を見捨てることができない気待ちとで、どうしたらよいか分からなくなって、雑賀さんに教えてもらいたいと来られたのです。

雑賀さんは 「よく分かりました。でも、同情だけしてもどうにもなりません。単に同情の中に甘ったれて生きていくのではなくて、はっきりと心を定めて生きたい、と願われるあなたの心はとても素晴らしいことです。

でも、お答えする前に、ひとつだけお尋ねしたいことがあります。それは私の意見を聞きに来られたのか、それとも仏さまの教えを聞きに来られたのか、ということです。私の意見を聞きに来られたのなら、すみませんがお帰りください。私はそれほど偉い人間ではありません。仏きまの教えを聞きに来られたのなら、お伝えすることが私の仕事ですから、喜んでお伝えしましょう。

でも、仏さまの教えには、間違いというものはないのですから、仰せの通り素直に従うことができますか。単に参考にする程度なら、法を聞く態度ではありませんからやめましょう」

「先生、どこまでもお教えのままに従わせていただきます。教えてください」

「よく言ってくださった。それならお答えいたしましょう。『どちらでもなさい』ということです。そう答えたのでは、さぞご不満でしょう。いかにも思いやりのない無責任な返事のように思われるでしょうが、実はどちらの道でも行けるからこそ、そう言ったまでのことです。

でも、たった一つだけ、はっきりしておかなければならないことがあります。それは『蒔いた種は生える』ということです。この世はあくまで因果(いんが)の道理で動いています。いかに仏さまでも、この因果の鉄則だけは曲げることができません。

三人が病まねばならないのは宿業(しゅくごう)であって、その面倒をみなければならないのも、またあなた自身の業なのです。

それでも逃げたければ、逃げることもできます。だから、どちらでもなさいと言うのです。ただし、逃げてもことは済みません。逃げるということは、因果の果(か)を果(は)たさずにいくことですから、種が残っています。種が残っている以上、果の出てくることは当然で、逃げた先で果を摘むだけのことです。

そして逃げたいという因が種となって、先で果を実らせるということになります。今の立場でひとつの果を摘んでいくか、逃げた先で二つの果を果たすか、それだけのことです。どちらの道でもあなたのお好きなように歩んでください」

「お恥ずかしいことを聞きました。受けて、どこまでも背負っていきます」

「よく言ってくださった。仏さまもどんなに喜んでいてくださるでしょう。もう夜も更けたからお帰りなさい。ただ最後にもう一つだけ聞いてください。

誰もいない夜更けの道を、重い重い荷物を背負って泣きながら帰っていくあなた。あなたは一人で泣いているのではありません。あなたのその悲しい業(さが)を、しっかりと握りしめて泣いてくださる方がいらっしゃるはずです。その苦しみを代わってやれるものなら代わってやりたい。

でも業報の世界は一人ひとりの世界なのです。代わってやれないから、泣かずにはおられない。それが仏さまの慈悲なのです。悲しいだろう苦しいだろう。でも、一人で泣いているんじゃなかった、ということが分かる日がくるはずです。がんばろうね」

それから三年ほど経って、その奥さんが訪ねて来られました。

「先生、あれから二年ほど経って主人が亡くなりました。ある日のことでした。その日は、いつになく元気で、『いっぺん抱き起してくれないか』と、言うのです。ちょっと上体を持ち上げて柱を背にしてあげたら、

『お前、ちょっと前へ回ってくれんか』と言うのです。妙なことを言うなと思いながら前へ回りましたら、先生、なんと主人が手を合せて

『俺はなァー、いっぺん座り直してお前を拝んでから死にたかった。よく俺たちの面倒をみてくれたなあー。ありがとう。この恩だけは絶対に忘れんよ』と私を拝んでくれました。先生、あのとき逃げなかったからこそ、この喜びがもらえたのですね。

それからしばらくして主人が亡くなり、その後を追うようにして老人二人もバタバタと逝ってしまいましたが、二人とも私を拝んでくれ、安らかな死でした。逃げなくてよかったと、しみじみ思わせていただきました。

それと、もう一つ、聞いていただきたいことがあります。それは、先生が『泣くのは一人じゃないよ』と仰ったことです。

実は、実家の父が田畑の仕事を手伝いに来てくれるのです。手伝いに来てくれるのはありがたいのですが、

『お前はかわいそうだ』とも『辛いだろう』とも一言も言ってくれないのです。愚かな私はそんな父を見て、母が生きていてくれたら、どんなにか泣いてくれよう。男親というものは実に冷たいものだな……と思っていたのです。

ところがある年の秋でした。すっかり一人で野良仕事を片付けてくれた父が、『家のことも気になるでなあー。ちょっと帰ってくる。また来てやるでな』と、帰って行ったのです。

長い間、手伝ってもらって、実家の兄や兄嫁にもすまんと思い、少しばかりのお土産を父にことづけようと峠まで送って行ったのですが、峠に着くと父は向こうを向いたまま

『もうええ、早く帰ってやれ。三人が待っとるぞ』と言うものですから

『それじゃお父さん、これをお姉さんに渡してください』と言いましたら

『うん』と言って私の方を振り返った父の顔を、夕日の中にはっきりと見たのです。

その父の顔が涙でクシャクシャだったのです。そのとき全身がしびれるような気持ちになりました。電気に打たれるというのは、あんなことだと思います。

ああ、すまないことをした。私の知らないところで、父はこんなにも泣いてくれていたんだ。優しい言葉をかけてくれないのではない。かけてやりたいけれども、涙が先に立って言葉にならん。

『辛かろうの、かわいそうな娘よ』と、父は一人で泣いてくれていたのです。

去っていく父の、めっきり老けこんだ後ろ姿を……じっと拝まずにはいられませんでした。勿体(もったい)ないことでした」


このように幸不幸を超えた、夫と妻、親と娘、父と子の、すばらしい出合い、ふれあいの姿をみるとき、もう一度「人生二度なし!黄金の時を特とう」と叫ばずにはいられないのであります。


(タニサケ発行の小冊子、三輪真純先生の「いのちの呼応による喜びの発見」(絶版)より

今、出来る事

あの地震の時、僕は、東京にいました。
言葉にできない「凄い揺れ」が、2回来ました。
最新の耐震設備の建物の天井が一部壊れ、
来場者が大けがをしました。
床が血まみれになりました。
道路は、車がいっぱいで、パニックになり、
救急車が来れなくて、普通の車で病院に搬送されました。

宿泊してたホテルの壁は割れ、
エレベーターも止まったままでした。
余震も震度3〜4が立て続けに来て、
ホテルのベッドにいる時も
服を着たままでした。

だけど、ホテルがあっただけ良いほうです。
他の人たちは、もっともっと大変でした。

東北地方は、まだまだ大変です。
関東地方も、大変です。
友人達も被災地に多くいて、心配です。

そんな中、海外の友人から、メールが届きました。
『人は災難に逢う時によくその本性を表すと言われています。
日本人の冷静さ、規律の正しさ、そして地震対策の建物の丈夫さも、
今回の件に通じて世に示し、高く評価されています。
そういう良い所を、こちらも見習うべきです。
どんな困難にも負けずに頑張ってください。』

世界中の、皆さまからの温かいお言葉とお気持に凄く感謝しています。
本当にありがとうございます。

変化を楽しもう。

世の中の動きが『変』
だけど、「変」が続くと、
いつもまにか、それが『普通』になる

世界を見る
大勢の人と逢い、話す
凄い勉強になるし、
違う世界が見えてくる

「正しい」とか「間違い」ではなく、
「変化」を楽しむ「余裕」を持ちたい

学芸員さんのように

僕の悪い癖かもしれませんが
展示会場などで、無理にパンフレットを配布したり、
こちらからお声掛けは、あまりしません
チョット、カッコよく言えば、
美術館の学芸員さんのように
ブースの隅っこにいて、
ご質問があれば、誠意をもって、
出来る限り誠実に対応したく思っています。

メッシが見えてるもの

テレビでサッカー選手・メッシのプレーを見た
ひとつわかった事がある

彼は、他の選手には見えない、プレーのイメージが見えるんだと思う
それは、全ての人にある能力かもしれない
もちろん、それぞれの分野で。
メッシは、サッカーのこと、それも、とりわけ「高いレベル」で。

自分しか見えないことに気づくことが大切で
他の人の能力を目指しても仕方ないし、
当然、無理なこと

肩にチカラを入れず、
自分自身が自然体になり、
大きな流れを読めれば、見えてくるような気がします。

レベルが低いだけ

自分自身、「プレゼンテーション」のレベルの低さを
道具を使ってカバーしています
それは、パソコンか、IPadです

でも、不思議な事を言う人達が多い
「Ipadを使えるって凄い」

違うんです、道具が無ければ、上手く伝えることが出来ないだけです
パソコンは、起動時間が遅いし、重いし、難しいんです
その点、Ipadは、いわば、家電のようなものです
多分、小学生でも使えると思います

こんな道具も使えなければ、
こんな時代の会社経営なんて、
絶対、不可能だと思います

遠い距離、歩くより、車や電車や飛行機を使う
木を切るのに、のこぎりやチエンソーを使う
ただ、それだけの事

と、言いながらも、初歩的な使い方しかわかりません
僕にとって、必要なとこだけを使えたら十分です
本当に、便利で、ありがたい道具です。

ニヤニヤ、してた

『SMAP×SMAP』に出演してた
堤真一さんとスマップのからみが
メチャクチャ、面白かった
ドラマや映画と全然違う顔があるんですね
テレビを見ながら、ニヤニヤしてる僕がいました
「たまには、こんなんも、ええか!」
と言いながら、
よくあるんです。

やっぱり、男性からの贈り物

e4876cbf.jpg宅急便で贈り物が届きました
「どこの女性からかな?」と期待しながらも、
差出人を見るとやはり、男性でした
中には、『守破離』と書かれた杢板です
なんと、それは、あの「養老孟司さん」直筆でした
すぐ金庫に隠そうと思いましたが、
それより「銀行の担保」にお願いしようと、
僕の部屋に置きました
銀行の支店長さんに、大至急、鑑定してもらいます
(ジョークですよ、少しは、本気もありますけど)
福井県の田中さんや長野県の柴原君達が
わざわざ養老先生のご自宅にお伺いし、
『徳田の為に』とお願いしていただき、先生が書いてくれたそうです
僕の宝物です
もちろん「養老先生の杢板」もですが、
僕の事を忘れないでいてくれる、
友人達がかけがえのない『タカラモノ』なんです。

写真で見ても美味しいお魚

c691bf60.jpgこの魚の名前は、「おきがしら」だそうです
見ただけでわかるけど、
本当に美味しかった
大阪市内にある、
隠れ家的居酒屋さんに
ご招待していただきました
あったかい「白ご飯」も用意していただき
御馳走になった
お話の内容も楽しく、
お食事もおいしく、
すごくいい時間を過ごせました
僕は、魚釣りは、しません
と言うよりは、出来ません
生きてるのを釣ったり、採ったり、出来ないのです
まして、料理をするなんて
でも、食べることは、全然、大丈夫です
自分勝手ですが、そうなんです
落ちが無いブログでした
「美味しいお魚」だけを言いたかったのです
どうも、すみません

大人の会話

二男が就職活動をしています
あまり普段、会話が無いのですが
(仲が悪いのではなく、お互い「バタバタ似たもの親子」だからです)
昨晩と今朝は、彼と、ちょっと話しました
彼は、現在、就活で出逢う担当者の方々との会話を真剣に楽しんでいるんです
社会の入り口をいい加減ではなく、彼なりに本気でぶつかり、
これからの自分の人生を考えているのです
だから、面接担当者の方とお逢いできるのが楽しいのだと思います
今までは「親と子」あるいは、「社会人と学生」の関係でした
これからは、最初(ほんの少しの間は、)
偉そうにビジネスの事を教えるオヤジがいて、
それ以降は、時代の変化についていけなく、
トレンドやハイレベルな事を教えてもらう父親になるんだと思います。
立場の逆転時期は、そう遠くはありません。
一生懸命生きてる長男や長女もふまえ、
子供たちと「大人の会話」が楽しい歳になりました

楽しんでいます

皆さんから、よく言われることがあります
「徳田君は、人生、楽しんでるね」

僕は、「人の苦労も知らないで、何言ってんの」ではなくて、

「なんでみんなわかるのかな」です

『皆さんも自分たちでそうすればいい』
ホンマ、簡単です

表と裏

「すべてのものには、表と裏がある」
昨日、お逢いした人がそうお話されました
人間も同様かもしれません
『表には、裏があり、また、その裏には、表がある』
「結局、どっちやねん」の世界です
あんまり、難しい事は、僕には、よくわかりません
「自然に感じる」
ただ、それだけです

10日ぶりの出社

海外出張もあり、
10日ぶりに出社した
【自分の席があり、ホットした】
社内を一巡すると、
留守の間、社員全員が頑張ってくれてたのがわかる
「これだったら、社長いなくても大丈夫」
嬉しいような、チョット寂しいような・・・・
微妙ですが、やっぱり、嬉しい。

心からお詫び申し上げます

散髪屋さんに行った
「徳田さん、今日も、うしろ、寝ぐせですね〜」

休日の早朝ではなく、
平日の仕事終わりの夕方です

『なんで、今頃、寝ぐせやねん』
と思いながら、
「ほんま〜、鏡でうしろ見せて」
すると、どうでしょう!
自分でもびっくりする、ひっどい、寝ぐせ
「こりゃ、ひどいね」
って、僕が言うと、理容師さんが、
「徳田さん、いつもですから」

50年超生きてきて、
こんな姿を今まで皆様に見せてきた事に
「恥ずかしい」を超えて、
『本当に申し訳ありませんでした』
心から、お詫び申し上げます

と言いながら、人間、そんなすぐに変わられへんと思う。

海外も激変

1週間ぶりに日本に帰ってきた
海外の激変に驚かされた
たった、1年です

やっぱり、現場を見ないとわからない
肌で感じないと意味がない

ホテルでは、いい子(いいおやじ)でいた
睡眠時間もたっぷり
朝食もしっかり(量ではなく、約1時間ぐらい、ゆっくりと)

毎日8時間、大勢の人達と「情報交換」をした
大したことは、していないけど、
メッチャ、疲れた
「歳やな〜」

心身ともにリセットしよう
本当に、刺激的な時代です

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