20歳の頃、長野県の中野社長(当時)に大変お世話になった
別荘分譲・土木・ロッジ・造園など、複数の会社を経営をされてた
アルバイトに行ってた僕を本当に可愛がってくれた

人生のアドバイスをたくさんいただいた
僕の考え方の根柢は、中野さんの存在が大きい

昭和20年代、彼は、英語はもちろん外国語が何ひとつ話せないのに、
船・電車・バスを乗り継ぎ(当時はまだ飛行機が発達してなかった)、
腹巻きの中には当時のお金で500万円を入れ、
一人で、ヨーロッパのプレハブ住宅を買いに行ったそうです。

国内・海外の方々の親交が多かった
特に海外からは、多くの留学生の保証人をされた
その関係で20年前には、台湾に招待され、僕も同行させていただいた
普段のお人柄で、台湾の皆様に大歓迎をしていただいた

その中野さんがお亡くなりになったのは5年前
現在、奥様がおひとりで暮されている

昨日、久しぶりにお電話を差し上げた
昔の話になると、電話の向こうで少し涙ぐんでおられた

『僕の心の中には、いつも中野さんがいる』

いずれ僕もそんな事を言ってもらえる時が来るのかな